糖尿病を持つ女性でも、妊娠して元気な赤ちゃんを産むことはできます。しかし、血糖が高い状況での妊娠や、妊娠中の血糖が高いと、お母さんと赤ちゃんに様々な影響をおよぼします。正しい知識を持って、お母さんになるための準備をしていきましょう。
妊娠初期の血糖が高いと、流産や赤ちゃんの先天異常が増加します。妊娠中期以降の血糖が高いと、赤ちゃんは週数相当よりも大きくなったり、巨大児(4000㎏以上)になったりします。大きい赤ちゃんの場合、経腟分娩では難産となり、お母さんの産道裂傷、赤ちゃんの鎖骨骨折などにつながります。お母さんの血糖が高いと赤ちゃんは自分の膵臓からインスリンを多く分泌するため、生まれた直後にお母さんからの糖が途絶えると低血糖となります。その他、生まれた直後に呼吸障害、黄疸、低カルシウム血症、多血症などが起こり、新生児集中治療室での治療が必要となることもあります。お母さんに見られる影響として、糖尿病の合併症である網膜症や腎症が悪化することがあります。また、妊娠していない時よりも糖尿病性ケトアシドーシスを発症しやすくなります。さらに、尿路感染症、妊娠高血圧症候群、羊水過多症、早産なども起こりやすくなります。
流産や赤ちゃんの先天異常を予防するためには、妊娠前からHbA1c 6.5%未満を維持することが目標となります。
妊娠に適した状態として、網膜症はなし、あるいは単純網膜症とされています。重度の網膜症がある場合はまず網膜症の治療を優先し、安定した状態となってから妊娠を検討しましょう。腎症が進行している場合には、妊娠高血圧症候群、早産、胎児発育不全などが増加するため、妊娠に適した状態として、正常アルブミン尿期(第1期)または微量アルブミン尿期(第2期)まで、腎機能はeGFR 60mL/分/1.73㎡以上とされています。
インスリン以外のほとんどの糖尿病治療薬は、妊娠前・妊娠中の使用による赤ちゃんへの安全性が確立されていません。そのため、インスリン以外の治療薬を使用している場合には妊娠前から中止し、必要であればインスリン治療に切り替えます。
肥満は妊娠高血圧症候群、巨大児などのリスクが高まり、やせは早産や低出生体重児のリスクが高まります。生活スタイルを見直し、適正な体重に近づけておくようにしましょう。高血圧は妊娠中に悪化することがあり、お母さん、赤ちゃん共に重篤な合併症のリスクが高まります。妊娠前の血圧は少なくとも140/90mmHg未満、できるだけ130/80mmHg未満にしておくことが望ましいです。高血圧の一部の治療薬は妊娠前に変更する必要があります。
低血糖を避けながら可能な限り正常な血糖値に近づけることを目指します。具体的には、空腹時血糖値95mg/dL未満、食後2時間血糖値120mg/dL未満(または食後1時間血糖値140mg/dL未満)、HbA1c 6.0~6.5%未満、グリコアルブミン(2週間程度の血糖推移の指標)15.8%未満です。
目標達成のため血糖自己測定をこまめに行いましょう。1型糖尿病を持つ妊婦さんにおいては、血糖自己測定に連続皮下ブドウ糖濃度測定(CGM)を併用することが推奨されています。
妊娠中は、胎盤から分泌されるホルモンの作用でインスリンが効きづらくなり(インスリン抵抗性)、血糖が上昇しやすくなります。これは、赤ちゃんの主なエネルギー源である糖を与えるための生理的な現象と考えられています。妊娠中期以降にインスリン抵抗性が強まるため、投与するインスリンを増やしていくことになります。
赤ちゃんが健康に発育できるように、十分なエネルギー量をバランスよく摂りましょう。食後の急峻な血糖上昇や日中の食前の低血糖が見られる場合には、食前後の血糖変動を少なくするために、1回の食事を分けて食べる、分割食という食事の摂り方も有用です。
出産中の血糖目標は70~120mg/dLとされています。産後は胎盤が体の外に出ることによりインスリン抵抗性が速やかに軽減するため、投与するインスリンは妊娠前の量を参考に減らします。
糖尿病を持つお母さんも、もちろん母乳で赤ちゃんを育てることができます。ただし授乳中は血糖が下がりやすいため、インスリンの量の調節や、授乳前に血糖が低い場合は補食をして、低血糖を予防しましょう。
神山 智子 (かみやまともこ)
東京女子医科大学 内科学講座 糖尿病・代謝内科学分野
※ご所属・役職名は監修・取材当時のものです。