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社員インタビューVol.1 「思い出のサマーキャンプ スケッチコンクールに込めた思い」

ノボ ノルディスク ファーマには、糖尿病を抱えながら活躍する社員がいます。明るく前向きに、自らの人生と向き合う彼らへのインタビューを通じ、多くの患者さんのチカラになるようなメッセージをお届けできればと思います。第1回目は、八木田 正則さんと阿部 慎一さんへのインタビューです。

八木田 正則さん

1987年入社

流通政策部 マネジャー

阿部 慎一さん

1993年入社

セールスプランニング マネジャー

――糖尿病の発症を自覚したときのお気持ちを教えてください。

八木田:14歳の高校受験前、体調を崩したのですが、盲腸との診断で開腹手術をしました。その後、昏睡に陥り、血糖を測って、初めて糖尿病だということが判明し、「一生、インスリン注射を打たなければならない病気」と言われました。注射も自分で打つと聞いて、真っ暗な気持ちになったのを覚えています。

阿部:私は7歳で糖尿病を発症しました。学校健診で尿糖陽性を指摘され、クリニック、大学病院を受診して、すぐに入院し、それからインスリン治療が始まりました。受診が終わり「明日から入院」と母から言われたときは、ずっと「嫌だ」と泣いていた記憶があります。

――前向きな気持ちになれたきっかけは?

八木田:とても時間がかかりましたね。高校のとき、体育の授業はすべて見学でしたが、大学に進学した頃に、体力は回復していたのでテニスをやるようになりました。そこから少しずつ自分の身体に自信を持てるようになりました。

阿部:インスリンが注射器とバイアルの時代、高校に入学した16歳のときに、実は世界初のインスリンペン型注入器である「ノボペン1の治験に参加しました。そこから活動範囲が広がっていきましたね。高校時代は部活のバレーボールにのめり込んでいた時期もあったので、インスリンペン型注入器があることによって、いろいろな場所に遊びに行くこと、部活の合宿に参加することが苦痛ではなくなり、通常の高校生と同じように生活することができました。この出会いで、制限を少し超えたところまで、できることが増えたような感覚です。

――その後、社会に出て、どのような仕事をしよう、どのように生きていこうと考えたのでしょうか。

八木田:ここからが私の人生が好転したところだと思います。就職活動のときに製薬会社をいくつか受けて、2社良いところまで行きました。しかしそのうちの1社は、最終面接時に、自分が1型糖尿病があり毎日インスリン注射を打っていることを伝えると一気に顔色が変わり、残念な結果となりました。

もう一社が、当時のノボ薬品でした。自分が打っているインスリン製剤の会社で、しかもそこが偶然新卒の営業社員を募集しているということで、私は迷うことなく応募しました。

当時の人事部長から「どこでこの会社を知ったのか」と質問を受けたので、「自分が打っているインスリン製剤の会社だ」と答えましたね。採用が決まって、色々と勉強ができたことで、ようやく自分の中で糖尿病を克服できたような気がしました。大きく人生が変わった瞬間です。

阿部:私も、自分の病気と関わる仕事をしたいという思いから、例えば薬剤師になりたいと思ったこともありましたし、または教師になって、小児糖尿病のある子どもがいてもケアできる教師になりたいと思ったこともありました。しかし、最終的には自分の病気を知り、僕の人生を変えたインスリンペン型注入器を販売している会社に入り恩返しをしたいと考え、主治医と親に相談をして入社を決めました。

――実際に入社してみて、いかがでしたか。

阿部:そうですね。上司や部下、同僚の理解やサポートがあったからこそ、これまで仕事をがんばってこられたと思います。キャリアを構築するうえで病気が障害になるのかというと、周りはそういう目で見ていないと感じています。例えば「病気だから許してあげよう」といったことはありません。厳しくも温かくサポートをしてくれますが、最終的には実力ややる気がキャリアを構築するうえでは必要だと思います。

八木田:仕事内容は自分の病気や体調に左右されるものではありませんし、自分が病気を持っているからこそ、仕事に生かせる部分はあったと思います。

また、当時の営業部隊は必ずと言っていいほど、公益社団法人日本糖尿病協会が1型糖尿病のある幼児・小・中・高校生を対象に毎年夏に開催する「小児糖尿病サマーキャンプ」に参加するのですが、そこで自分たちの薬がどのような人に役に立っているのかを知ることができましたし、後にお話しする「思い出のサマーキャンプ スケッチコンクール」という企画の立案にも繋がりました。

――そのスケッチコンクールについて教えてください。

八木田:当時、営業のやり方を見直すプロジェクトが立ち上がり、今までのビジネスを再構築する機会が与えられました。社内のMRは毎年、小児糖尿病サマーキャンプに参加しているので、そこに参加している子供たちのために、何か役に立つことはできないかと考えました。そこでスケッチを書いてもらってその中から良い作品を選び、次のサマーキャンプの際にプリントしたTシャツを配ろうという案が生まれました。

そこで、小児糖尿病サマーキャンプを主催している日本糖尿病協会に相談をすると理解を示してくださり、積極的に協力をしてくださいました。発案から実施日まで間がなく、準備期間はわずか4カ月ほどでしたが、何とか実施することができました。それは2001年のことです。

以降、サマーキャンプは毎年各県で開催されています2。初めにTシャツになったのは、千葉県からサマーキャンプに参加した小学生の作品でしたが、サマーキャンプの代表の方からも評価されました。5年、10年と続けていると、毎年どこかの都道府県のキャンプから「今年もやってほしい」という声が上がります。

阿部:スケッチコンクールは私が営業だった2001年から開催されていたので、営業のときにすでにコンクールについて知っていました。なので、3回目から実際に表彰式などに携われることになったときは、非常に嬉しく思いました。

私は患者さんとそのご家族へ講演をする機会があり、子供たちが最終的に1型糖尿病をハンディキャップと思わないようになってほしい、と皆さんに伝えていました。スケッチコンクールの良いところはハンディキャップを感じないという点だと思います。「糖尿病があっても賞をもらえると思わなかった」とお話される親御さんもいるので、それを聞いてとてもやりがいを感じていました。

また、2004年にデンマークの女王陛下を招き、「ノボ ノルディスク アートコンテストforチルドレン」として、その年はスケッチコンクールを2回開催しました。そのときに60名ほどの患者さんと親御さんが集まりましたが、デンマーク女王陛下が表彰してくれるということで、スケッチコンクールに応募することによってデンマークの女王陛下に会えることを、受賞者と親御さんがいつも以上に喜んでくださいました。「やって良かった」という気持ちが倍増した出来事でしたね。

グランプリ作品 2020年小児糖尿病キャンプ特別企画 スケッチ部門 グランプリ作品

――近年、糖尿病のある方を取り巻く環境について感じることはありますか。

八木田:やはりインスリンペン型注入器の登場によって、患者さんの日頃の生活スタイルは圧倒的に変化したと思います。それまでの注射器とバイアルの時代はインスリンに合わせる生活をしていましたが、インスリンペン型注入器の登場によって、インスリンが患者に合わせてくれるようになったと感じています。

また、治療の進化が進んだこともありますが、糖尿病であっても社会に進出している人が相当増えているので、周りの目も変わってきていると思います。ドクターや看護師さんにも1型糖尿病のある方が多くいますし、私が知っているだけでも製薬会社にも糖尿病のある方が複数名います。どんどん社会進出が進み、成功している人も増えているので、昔に比べると環境はとても良くなっています。

――最後に読者の方へのメッセージをお願いいたします。

阿部:糖尿病があってもなくても、いろいろなチャレンジをするということが人間には必要です。糖尿病があるからできないのではなく、糖尿病があるからこそできた、成し遂げたというチャレンジをして、自分自身に自信を持っていただき、より良い糖尿病ライフを過ごしていただければと思います。

八木田:今年はインスリン発見100周年ということですが、インスリン製剤に加えてデバイスの進化は、本当に革命的なことだと思います。以前は1型糖尿病は死の病と言われていましたが、今日では命を救える薬があって、さらに自分の生活にインスリンを合わせられるというところまで来たので、これからはもっと違うタイプのインスリン製剤ができて、私を含む患者の皆さんの生活がさらに楽になっていくものと確信しています。


1. 「ノボペン」は1985年にグローバルで発売された世界初のインスリンペン型注入器で、これにより糖尿病のある方は1日数回適正な量のインスリン製剤を正確に簡単に自己注射することが可能となりました。「ノボペン」は現在は販売しておりません。

2. 2020年、2021年の小児糖尿病サマーキャンプは新型コロナウイルス感染症の影響で中止となりましたが、2020年には「2020年小児糖尿病キャンプ特別企画 スケッチ&作文コンクール」を実施し、スケッチと作文を募集、入選作品を表彰しました。

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