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学びの広場

糖尿病を取り巻く現状

No.1

糖尿病の病態解明、治療法や合併症回避の研究が進み、糖尿病のある方も、糖尿病のない方と変わらない生活を送れる時代となってきました。糖尿病を取り巻く現状について、様々な角度から解説します。

糖尿病の現状

糖尿病の治療中あるいはHbA1c が6.5%以上の「糖尿病が強く疑われる」方の割合は、令和4 年(2022 年)国民健康・栄養調査1)によると、男性 18.1%、女性 9.1%で、ここ10 年間で大きな増減はないとされています。また、年齢階級別にみると、年齢が高い層で「糖尿病が強く疑われる」方の割合が多い傾向が見られます(図1)。
日本の超高齢化社会において、糖尿病のある高齢の方が増え、60歳以上が約6 割を占めています。

糖尿病の予後に関連する因子

病気の経過において、生命を維持できるかどうかの予測を生命予後と言います。糖尿病のある方の生命予後は改善し、糖尿病のない方との平均寿命の差が縮まっています。2 型糖尿病のある方にとって、高齢、低BMI、飲酒、高血圧や急性心筋梗塞の既往は、死亡のリスクを高める原因となることが分かっています2)。この40 年間で見ると、心血管疾患が原因で亡くなる糖尿病のある方は、約1/4 と大きく減少しており3)、これは糖尿病の早期発見や治療法の進歩が、大きく寄与した結果と言えると思います。

一方、糖尿病のある方の死因の第1 位は、日本人一般と同様にがんです。糖尿病の有無に関わらず、早期発見のための定期的ながん検診は重要です。

図1 「糖尿病が強く疑われる者」の割合(20 歳以上、性・年齢階級別)1)

糖尿病の治療

糖尿病治療の現状と最新の治療方法について紹介します。

● 薬物療法

糖尿病の薬物療法に使用する薬剤は、インスリン製剤以外に現在10 系統の血糖降下薬があります(表1)。多岐にわたる血糖降下薬を適切に使用するために、日本糖尿病学会では2022年「2 型糖尿病の薬物療法アルゴリズム」4)を策定しました。この中で、薬剤を選択するために最も優先されるのは、糖尿病の病態です。インスリンが必要な状態であれば、インスリン製剤が適応となります。次いで、肥満の有無は糖尿病の病態の判別に有用であることから、薬剤の選択にはBMI25 を指標とした肥満の有無によって、適した血糖降下薬を選択することになります。また、安全に血糖マネジメントを継続することも重要で、低血糖リスク、腎臓や肝臓の機能低下に対する配慮、併存疾患への影響に加えて、年齢や服薬の継続しやすさ、コストなども考慮し糖尿病の現状た個人に適した薬剤が選択されます。

糖尿病の治療薬はたくさんあるようでが、新たな薬の開発も続いています。2 型糖尿病の病態の解明が進み、それに基づく新しい治療薬の開発も期待されています。また、薬を使われる方の生活に寄り添う、より使いやすく、血糖マネジメントがしやすい薬剤の開発も進んでいます。今後も個人の病態により適した、新たな血糖降下薬の登場を期待したいと思います。

表1 血糖降下薬

インスリン
α - グルコシダーゼ阻害薬
SGLT2 阻害薬
チアゾリジン薬
ビグアナイド薬
イメグリミン
DPP-4 阻害薬
GLP-1 受容体作動薬
GIP/GLP-1 受容体作動薬
スルホニル尿素(SU)薬
速効型インスリン分泌促進薬(グリニド薬)

● 移植

膵臓移植は、無自覚性低血糖を繰り返すなど重症の1 型糖尿病のある方の根治療法です。膵臓と腎臓を同時に移植する方法が主流で、手術手技の確立や拒絶反応を抑える免疫抑制薬の開発などにより、移植の成績も向上しています。移植後の血栓症や拒絶反応、感染症などの対策が重要ですが、日本ではドナー不足の解消が最大の課題です。

膵島移植は、インスリンを作る働きのある膵島だけをドナーの膵臓から分離し集めて、肝臓の血管内に点滴のように注射して移植する方法です。主にインスリンが枯渇した方を対象に行われる移植で、膵臓移植に比べ、侵襲が少ない移植方法です。膵島細胞が定着すれば、血糖変動が安定し、低血糖頻度の減少と平均血糖の低下が期待されます。

動物実験の段階ですが、健康な膵臓細胞を体外で増やし、その細胞を糖尿病の動物に戻すことで、糖尿病が改善されることができるようになりました。このような技術は将来、ドナー不足を改善できたり、再生医療に繋がる可能性があります。

合併症の対策

糖尿病の慢性合併症と言えば、三大合併症の腎症、網膜症、神経障害に加え、動脈硬化性疾患や足病変があります。その他にも、長期間の高血糖による代謝障害や血管障害により、骨病変、手病変、歯周病、認知症、がんなど、様々な併存疾患を発症する方も少なくありません。糖尿病のある方の目標は、「糖尿病のない方と同様の寿命とQOLを保つ」ことですが、そのためには糖尿病のマネジメントと治療の継続が不可欠であり、合併症の治療薬の開発や予防法の提唱が進んでいます。

例えば、降圧薬であるアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬とアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)は、腎症の進展抑制に有効であることが分かっており、アルブミン尿のある方の血圧マネジメントに勧められています5)

また、糖尿病のある方では骨密度から予測される骨折リスクよりも実際の骨折リスクが高いことが多く、これには糖尿病の罹病期間や血糖マネジメント、低血糖が骨折リスクと関連することも分かってきています。また、血糖降下薬のチアゾリジン薬は特に女性の骨折リスクを高めると言われています。骨折リスクが高いと考えられる場合には、糖尿病の治療だけでなく、骨粗しょう症の治療も行うことで、骨折リスクの低減が期待されます5)

医療ITと糖尿病

スマートフォンやパソコン、便利なアプリケーション(アプリ)など、IT(情報通信技術)が身近な時代になりました。医療ITと糖尿病は、実は相性がよく、活用の範囲が広がっています。例えば、日常の運動量や血圧などが計測できるウェアラブル端末や、インスリンの投与管理ができるスマートインスリンペン、連携することでそのデータ管理ができるスマートフォンのアプリなどは広く普及しています。糖尿病のマネジメントには、食事や運動を中心とした生活習慣を整えることや、自己管理が重要です。
日常生活の食事や運動などをデータ化し、それを蓄積し、医療従事者と共有することが可能です。これらはよりよい治療の選択や治療継続の一助になります。

糖尿病とアドボカシー活動

適切なマネジメントと治療を継続することにより、糖尿病のある方も糖尿病のない方と変わらない寿命とQOLを実現できる時代となってきました。しかし一方で、糖尿病に対する知識不足や誤ったイメージ、思い込みも少なくありません。日本糖尿病学会は日本糖尿病協会と連携して糖尿病の正しい理解を促進する活動を通して、糖尿病のある方が安心して社会活動を送り、人生100 年時代に、すべての人々が活き活きと過ごすことができる社会形成を目指す活動(アドボカシー活動)を2019年から行っています。糖尿病に関するアドボカシー活動の必要性は、日本のみならず、世界レベルで広く認知され、その活動が拡大しています。

糖尿病のマネジメント方法や新しい血糖降下薬の開発などが日々進んでいます。これらを活用し、糖尿病がある方は糖尿病のない方と変わらない寿命と日常生活の質(QOL)の実現を目指していきましょう。

参考資料

1)令和4 年 厚生労働省:国民健康・栄養調査結果の概要
2)山口聡子:Current Therapy 42(2). 116-121, 2024
3)中村二郎:糖尿病67(2). 106-128, 2024
4) 坊内良太郎 他:糖尿病66(10). 715-733, 2023
5)日本糖尿病学会編・著:糖尿病診療ガイドライン2024

中神 朋子(なかがみ ともこ)
東京女子医科大学 内科学講座 糖尿病・代謝内科学分野 
教授・診療部長

JP25CD00024