No.9
糖尿病アカデミー
糖尿病とがん
糖尿病とがんが相互に関連することが明らかになってきています。共通の危険因子、糖尿病によるがん発生のメカニズム、がん予防につながる血糖コントロール、そしてがん検診について、東京女子医科大学糖尿病センターの三浦順之助先生にお伺いします。
糖尿病とがん発症リスク
厚生労働省の平成24年国民健康・栄養調査によると「糖尿病が強く疑われる人」は約950万人、「糖尿病の可能性を否定できない人」は約1,100万人と推計されています1)。一方、がんは男性の2人に1人、女性の3人に1人がなると推測され2)、特に50代からがんになる人が増加してきます3)。糖尿病とがんの2つにかかる方もいます。
2013年5月、日本糖尿病学会と日本癌学会の合同委員会から、糖尿病の方は糖尿病がない方よりもがんを発症する危険性(=がん発症リスク)が高いという報告がなされました。糖尿病でない方のがん発症リスクを1とした場合、糖尿病の方は、肝臓がんでは1.97倍、すい臓がんは1.85倍、結腸がんは1.40倍、がん発症リスクが高まることがわかりました(図1)。
2012年に東京女子医科大学糖尿病センターで行われたDIACET予備調査(対象3,175名)では、センターに通院中の糖尿病患者さんの約13%に何らかのがん治療の経験があることがわかりました。現在、詳細な検討を行っています。
高血糖、肥満と発がんの関連
糖尿病があると、なぜがん発症リスクが上昇するのでしょうか。まだ明確な答えは出ていませんが、そのメカニズムはインスリン抵抗性とそれに伴う高インスリン血症、高血糖、炎症などが考えられています。
インスリン抵抗性とは、インスリンが分泌されても血液中のインスリン濃度に見合った血糖降下が得られず、血糖値が下がりにくい状態(インスリンの効きが悪い、もしくはインスリン感受性が低い状態)を言います。遺伝的な要因と肥満、運動不足やストレスなどの環境要因が組み合わさってインスリン抵抗性が起こると言われています。インスリンの効果が減弱した状態が続くと、すい臓は血糖値を下げようとするため、インスリンをたくさん出そうとします。すると、その結果として、血液中のインスリン濃度が上昇し、高インスリン血症になります。このインスリン抵抗性と高インスリン血症が、がんの発症に大きく影響をおよぼしていると考えられています。
また、高血糖状態は細胞内の酸化ストレス(活性酸素などが増えている状態)を亢進させます。この酸化ストレスはDNAにダメージを与えることがわかっています。
2型糖尿病では肥満を伴うことも少なくありません。肥満によって蓄えられた脂肪組織では慢性的な炎症が起こっています。これもがん発症の要因になります。がんを抑えることに働くアディポネクチン※の血中濃度が低いことなども、がんの発症に関与している可能性が考えられています。
※アディポネクチン:脂肪細胞から分泌されるホルモンのひとつ
糖尿病とがんに共通の危険因子
一方で、2型糖尿病とがんには共通のリスク因子があります。それは、加齢、男性、肥満、低身体活動量、不適切な食事(牛肉や豚肉などの赤肉、ハム・ソーセージなどの加工肉の摂取過剰、野菜・果物・食物繊維の摂取不足など)、過剰飲酒、喫煙などです。2型糖尿病を発症したり、悪化させたりする要因は、同時にがん発症リスクを上昇させることがわかっています。今まで、糖尿病治療のために行ってきた食事療法、運動療法や禁煙などは、がん発症リスクの低減にもつながります(図2)。
定期的ながん検診のすすめ
糖尿病の方のがん発症リスクを下げるためには、第一に血糖コントロールを良好にすることです。また、がんを早期に発見するためにも、定期的に「がん検診」を受けることが大切となります。胃がん、子宮がん、肺がん、乳がん、大腸がんの5種類のがんについては、厚生労働省が、がん検診の受診を推進しており、市町村単位でがん検診が実施されています(表参照)。その他のがんについては、血液検査による腫瘍マーカーや超音波(エコー)検査などで調べることができるものもあり、人間ドックの利用や、主治医に相談して定期的ながん検診を行うのもよいでしょう。
※1 子宮がん検診:有症状者は、まず医療機関の受診を勧奨。
ただし、本人が同意する場合には、子宮頸部の細胞診に引き続き、子宮体部の細胞診を実施。
:平成15年度まで、対象者は30歳以上、受診間隔は年1回
※2
乳がん検診:平成15年度まで、対象者は50歳以上、受診間隔は年1回。
●がん検診については、健康増進法第19条の2に基づく健康増進事業として市町村が実施。
●厚生労働省においては、「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」(平成20年3月31日厚生労働省健康局長通知)を定め、市町村による科学的根拠に基づくがん検診を推進。
がんが見つかったら
糖尿病の治療に加え、がんの治療も受けなければならなくなった時の心理的な負担はとても大きなものになります。決して自分ひとりで抱え込まず、主治医に相談しながら治療を継続して下さい。糖尿病とがんは、それぞれ診ている先生が異なるケースも多いと思いますが、がんの先生だから糖尿病のことは聞けないとか、糖尿病の先生にがんの相談はしない方がいいとかは考えず、何でも積極的に相談してみましょう。患者さんの質問をきっかけに、両科の連携がさらにうまくいく、ということもあります。積極的に医師と対話することによって、よりよい治療環境が整っていくと思います。
糖尿病の患者さんが、必ずがんになるということではありません。しかし、長寿化、生活習慣の変化などにより、がんを発症する方が少なくありません。よりよい血糖コントロールを目指すことが、糖尿病による慢性合併症の発症予防だけでなく、がんの発症予防にもつながります。最近は早期に発見できれば、がんは完治できることが多くなっています。糖尿病の治療や合併症の検査と同様に、がんの定期検診も心がけるようにしましょう。
三浦 順之助(みうら じゅんのすけ)
東京女子医科大学 糖尿病センター
監修 内潟 安子 [創刊によせて]
東京女子医科大学
東医療センター 病院長
編集協力
岩﨑 直子、尾形 真規子、北野 滋彦、中神 朋子、馬場園 哲也、廣瀬 晶、福嶋 はるみ、三浦 順之助、柳澤 慶香
(東京女子医科大学糖尿病センター)
アイウエオ順
JP22CD00064