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国内インスリンの歴史 第1回 実は日本人も成功していた!知られざるインスリン発見の物語

日本におけるインスリンや糖尿病治療の歴史について、知られざるエピソードを交えてお届けする全10回の連載シリーズです。第1回は、カナダでのインスリン発見の裏で、ほぼ同時期にインスリンの発見に成功していた、日本の研究者たちの奮闘の様子をご紹介します。

約100年前にカナダでインスリンが発見された後、研究者たちがノーベル賞の栄誉を受けたその裏で、日本でもインスリン発見に成功していたグループがいました。彼らの知られざる努力と奮闘の様子とは?

わずか8ヶ月で世界を沸かせた「トロントの奇跡」

フレデリック バンティング博士とその助手チャールズ ベストがトロント大学のジョン マクラウド教授とともに研究を始めたのは1921年5月のこと、糖尿病のイヌの血糖を下げる物質を探すことから歩みをスタートさせました。彼らトロントグループの研究はスムーズに進み、研究を始めてからわずか6ヶ月後には「牛の膵臓から取りだしたホルモンが有効である」という、世紀の発見にたどりつきます。そしてバンティングらは1923年にノーベル生理学・医学賞を受賞し、世界から注目を浴びることになりました。

ほんの10ヶ月の差で涙を飲んだ 日本のインスリン発見秘話

「トロントの奇跡」と呼ばれた1921年のトロントグループによる世紀のインスリン発見ですが、実は彼らとほとんど同時期にインスリンの発見に成功したグループが、日本の仙台にも存在していたのです。このグループの研究を率いたのは、血液の病気やインフルエンザの治療法を確立するなど、免疫学に大きな影響を与えた、熊谷岱蔵(たいぞう)という研究者でした。

熊谷先生率いる仙台グループが研究を始めたのは、トロントグループよりも5年早い、1916年のことでした。彼らは犬の膵臓やリンパを取りだし、そこから治療に有効なエキスをつくり出そうと、何度も何度も、加える物質、温度、時間などの条件を変えてテストを繰り返しました。

やがて、アルコールで処理した膵臓のエキスをイヌに注射すると血糖が大きく低下し、これによる痙攣(けいれん)などの症状は、ブドウ糖などによって回復することをつきとめます。しかしこの発見は、研究開始から約6年半もの時が経過した1922年秋ごろのことで、惜しくもトロントグループには約10か月及びませんでした。

日本の少数精鋭であった仙台グループの研究は、大がかりな体制で進められた欧米の研究を前に、僅差でノーベル賞の栄誉を譲ることになりましたが、熊谷先生はその後も糖尿病にまつわる研究を続け、晩年には治療に有効な物質を植物から取りだすことにも成功しました。この成果は、糖尿病の研究にとって大きな一歩となり、他の研究者からも「インスリンの発見ではノーベル賞を譲ることになったが、生涯の功績を考えると、ノーベル賞に充分値する」と、今でも評価されています。


参考文献
・Diabetes Journal編集委員会 編、山之内製薬株式会社 『日本における糖尿病の歴史』, 1994年, 25p-28p、98p-103p

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