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糖尿病とともに生きる-連載ブログ第10回:高速マシン 田仲駿太選手!

ジャスティン・モリス

昨年はこのブログを通して、1型糖尿病とともに生きる日々や、数々のエピソードを皆様にご紹介できたことを嬉しく思います。今年もよろしくお願いいたします!

さて、昨年末、大変名誉なことに、1型糖尿病とともに成長し、目標に向けて邁進している、とある若いサイクリストの果敢な挑戦をサポートさせてもらいました。

田仲駿太選手は、大分県のとある海沿いの町出身、19歳の大学生です。

田仲選手は、8歳の時に1型糖尿病と診断されました。この診断は衝撃的で彼の人生を一変させました。

私の印象では、日本の1型糖尿病患者さんは、人生に希望や刺激を与えてくれるようなサクセスストーリーに触れられる機会がとても少ないように思います。日本の1型糖尿病患者さんが何かを成し遂げるためには、私の住むオーストラリアと比べて、よりパイオニア精神が必要だと感じます。

私がはじめて田仲選手と出会ったのは2017年、チーム ノボ ノルディスクに関するイベントでした。このイベントで彼と自転車に乗り、サイクリングと人生における彼の夢や目標について教えてもらいました。当時、すでに彼は自転車の短距離種目であるトラック競技選手として優れた実績を挙げており、国民体育大会ケイリンでは優勝を収めていました。

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ケイリンとは?

ケイリンは、オリンピックの自転車トラック競技正式種目の一つです。

この競技は、円形のバンクと呼ばれる通常1周250mのトラックで行います。ケイリンは、通常8名の選手で競い、レース序盤は1台のオートバイの後ろに選手が1列に並んで走ります。誘導のオートバイは周回ごとに徐々に速度を上げながらトラックを4周し、その間、選手たちはオートバイを風よけにして走行します。4周走ったのち、オートバイの速度が時速50kmに達すると、オートバイはレースから離脱し、残りの2周は選手だけで勝利をかけた熾烈な争いが繰り広げられます。

ケイリンは、第二次世界大戦の直後に日本で誕生し、もともとはギャンブルを目的として行われていましたが、非常に戦術的な競技であり、2000年にはオリンピック正式種目として採用されました。

ケイリンの第一線で活躍する選手は、強靭で爆発的な脚力を持ち、最高速度は時速70kmをも越えるとされています。さらに、この競技でレースを制するには、戦術にも長けている必要があります。ギアもブレーキもついていない細いタイヤの自転車を時速60kmで操りながら、戦術上の重要な決断を瞬時に下す能力が求められます。

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田仲選手の挑戦

田仲選手は、大好きなケイリンで国際的に活躍する選手になりたいという夢を抱いていました。ノボ ノルディスク ファーマが、世界で活躍できる糖尿病を持つアスリートを応援するプロジェクトを開始し、私もそのサポートの一環として、彼の夢を叶える第一歩に携わることができました。

彼が夢に近づくためには、日本国外の世界レベルの大会に出場すること、日本国内の大会で主に採用されているコンクリート製トラックではなく、世界選手権やオリンピックで採用されている木製トラックを使用するレースに出場することが必要でした。

そして今回、初めて挑戦する海外レースとして、ニュージーランドのインバーカーギルで行われる「サウスランド トラック チャンプス」を選びました。

インバーカーギルは都会から離れた小さな町ですが、世界ジュニア選手権が開催された世界トップクラスのトラック競技施設を有する街でもあります。また、ニュージーランドは、前回の世界ジュニア選手権で優勝したコービン・ストロング選手など、優れたサイクリストを何人も輩出している自転車トラック競技強豪国としても知られています。ストロング選手は今後も田仲選手の良きライバルとなることでしょう。

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田仲選手にとって海外訪問は、子供のころに韓国を短期間訪れて以来でしたが、すぐに慣れていき、彼の順応性の高さを見せてくれました。彼の謙虚な人柄や新しいことに挑戦する積極的な姿勢を目にし、注目度の高い大会の独特のプレッシャーにも、彼なら乗り越えられるだろうと私は確信しました。

現地での数日間の調整を終え、ついにレース当日を迎えたときの彼からは、緊張と闘志が見受けられました。

いざレースが始まると、彼は順調に予選から決勝へと進み、ニュージーランドの国内チャンピオンや世界チャンピオン、そして地元インバーカーギル出身のチーム ノボ ノルディスクの育成選手であるハミッシュ・ビードル選手といったそうそうたる選手たちと戦うことになりました。1型糖尿病を抱える選手が2名も決勝に進出するというのはまさに驚くべき光景でした。

ハイレベルな戦いで勝利を収めるには、本番に向けて冷静さと自信を保つことが重要ですが、田仲選手は、まるでベテランのプロアスリートのように冷静でした。オートバイの背後から猛然と飛びだし、サウスランド トラック チャンプスで見事優勝した姿は圧巻でした。その場に立ち会えたことを、とても幸運に思います。彼の勇姿は、日本の1型糖尿病患者さんたちに大きな勇気を与えるものだったと思います。

そして私は、地元の選手たちと交流する中で、田仲選手が、この世界の端の小さな町インバーカーギルの選手たちに対しても、強い存在感をアピールし、彼らに大きな印象を与えたことを知りました。

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田仲選手は、既に次のレベルの大会に狙いを定めており、将来体育教師になるための勉強も大学で続けていくそうです。彼のように病気とともにたくましく生きるエピソードこそ、1型糖尿病患者さんや他の疾患を持つ患者さんにとっての何よりの治療法であると私は思います。

以前にもブログに書いたことですが、「できる」ということを知ることは、孤独感や無力感から抜け出し、勇気と元気を得るためにとても重要です。これは、幼い頃、1型糖尿病患者としての人生をスタートさせたときに感じた、私の経験から言える紛れもない真実です。

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この年末年始、私は妻とともに、シドニーで暮らす私の家族と一緒に過ごしました。(心苦しかったですが、愛犬はペットホテルに預けました。)

皆様方も良い年末年始の休暇をお過ごしになられたことと思います。

昨年はこのブログを通して、読者の方々からの嬉しい反響を聞き、私もとても勇気づけられました。今年もより多くの物語をお届けしたいと思います。

 

皆さん、それではごきげんよう!

 

日差しあふれるタスマニアより心を込めて

ジャスティン

 

 

 

 

 

 

ジャスティン モリス

英語版はこちら

 

ジャスティン・モリス氏 略歴:

10歳で1型糖尿病と診断されたジャスティンさんは、人生の夢と目標を見失いかけていましたが、糖尿病対策を目的に自転車競技を始め、プロのサイクリストの道へ進むきっかけにもなりました。ロードレースのプロサイクリストとして5年間を過ごし、競技と糖尿病のコントロールを両立させながら世界の5大陸を転戦しました。その間の競技生活から多くのことを学び、競技の中でも外でも困難に対処していく経験と知恵が身に付いたと語っています。

その後、プロ選手を引退してオーストラリアのマッコーリー大学を2015年に卒業し、心理学と教育学の学位を取得しました。大学在学中には、学業だけでなくスポーツ競技でも優れた成績を収めた学生に贈られる「ブルース・アワード」を授与されました。現在もチームSubaru-marathonMTB.comに所属してマウンテンバイクのマルチデー自転車レースに出場しており、変わらぬ健脚ぶりを発揮しています。クロコダイル・トロフィー、シンプソン・デザート・バイク・チャレンジ、パイオニア・イン・ニュージーランド、モンゴル・バイク・チャレンジの各レースで表彰台入賞を果たしています。

2011年からは、自転車競技経験をもとにした情報発信を開始しました。希望と力を与え、逆境を克服するメッセージを世界中の人々に発信し続けています。

連絡先:
Twitter: @JustinMorrisTT1
Instagram: @justinmorrismdog
LinkedIn: https://www.linkedin.com/in/justin-morris-3a71b4a7/www.mindmatterscoach.com


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