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サム マンディ選手のリハビリ日記 "なんだってできる" 

2020年9月4日

 

2020年、今シーズンは3月から7月にかけてレースが中断するという、誰もが予測しなかった酷いシーズンになりました。しかし、私にとっては少し思いがけない展開になりました。もしも別のシーズンに私が事故に遭っていたら、肉体的にも、そして何よりも精神的に大変な状況になっていたでしょう。

私は以前にも逆境に陥った経験がありますので、まずはそのお話からしたいと思います。

 

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私が11歳だったとき、全ては突然起こりました。学校のキャンプから帰ってきて、両親は何かがおかしいことに気づきました。私はひどく体調を崩し、キャンプで7キロも痩せていたのです。

学校までの往復はいつもマウンテンバイクで数キロの距離を走っていたのですが、キャンプから帰ってきたある日の午後、私はふらふらになってようやく家に帰りついたのです。大変疲れてしまい、夕食の席についたまま寝てしまいました。

病院で医師に検査してもらっても何も異常は見つかりませんでした。しかし、母は私が1型糖尿病ではないかと疑い、もともと医師が行うつもりはなかった血液検査をするよう求めました。結果が戻ってきたとき、私の血糖値は驚くほど高く、私は病院に至急来るようにと連絡を受けました。

私はそれまで1型糖尿病のことを聞いたことがありませんでした。

診断初期の段階で「スポーツはできないだろう」と言われていたので、前向きな人に囲まれるようにしていました。サッカーのコーチや他のメンバーなどは、低血糖のリスクを恐れていました。私は自分が彼らにとって頼れる存在というよりも重荷なのだと感じるようになっていました。

私はスポーツが大好きで、12年間サッカーをしていましたが、父と兄と一緒に自転車に乗るようになってからは、サイクリングに夢中になりました。

 

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チーム ノボ ノルディスクのことは、以前チームで競技をしていたジャスティン モリスさんを通して知りました。ジャスティンさんも1型糖尿病でありながら、5年間プロとしてレースに出場していました。

ジャスティンさんに出会ったことで、私は多くの刺激を受け、いつか自転車競技でキャリアを積むことができるのではないかという希望を抱くようになりました。

それまで医師はとても消極的でスポーツをすることを勧めてくれませんでした。ですから、ジャスティンさんから「糖尿病とともに生きる人は誰でもプロのアスリートになれる」という話を聞いたときは晴れやかな気持ちになりました。13歳の私に、ジャスティンさんは大きなインスピレーションを与えてくれたのです。

それからの3、4年は、地元でレースをしながら学業に専念していました。そして、チーム ノボ ノルディスクの「Talent ID Camp」に招待され、2017年にジュニア育成チームでのレースに参加しないかと誘われました。

ジャスティンさんとチーム ノボ ノルディスクに出会えたことは、私の人生を形作り、私の夢を実現させてくれました。唯一の残念なことは、私がプロのサイクリストになる数年前に叔父を亡くしたことです。

叔父を失ったことは、私が経験した中で最も辛いことの一つでした。私たちはとても仲が良かったのです。叔父はサイクリングを愛していたので、レースやトレーニングで上手くいかないときには、叔父が励ましてくれ、モチベーションを高めてくれました。叔父はいつも私のすることを何でもサポートしてくれました。叔父は私がプロになる姿を見たら、きっととても喜んでくれたと思います。

ここ数週間の辛い時期には、叔父のことや、がんで亡くなった祖父のことを思い出していました。

 

 

この数年間、チームにいて学んだことがあります。それは、レースやトレーニング、リハビリをするときに常に深く掘り下げるのには理由があるということです。私たちはただ自分たちのために行っているのではなく、私たちを励まし、応援してくれるたくさんの人々のために行っているのです。

 

 

その日はロックダウン後初のトレーニングキャンプの2日目でした。自転車に乗り込んでから1時間後、個人練習をしていたときに車の事故に遭ってしまいました。車にぶつかるまでのことは全て覚えています。それから救急車が来るまでの間、チームメイトやマネージャーが私の呼吸を整えてリラックスさせようとしてくれたのを覚えています。

そして、私は空輸で病院に運ばれる必要があると判断されました。私はとてもショックを受け、痛みも感じていました。誰にとってもトラウマになるような経験だったし、特に現場にいて事故を目の当たりにしたチームメイトはかなり動揺していました。

私は骨盤を3カ所骨折しました。右肺がつぶれて鎖骨が粉々になり、肩鎖関節が外れてしまったのです。それに、肋骨も3本折れました。

医師には、生きていること自体がとても幸運だと言われました。

リハビリ中はずっと前向きでした。もっと状態が悪くなっていたかもしれないこともわかっていました。退院してからは、毎日の回復の進捗が私のモチベーションを維持してくれています。最初の一歩を踏み出せるようになってからは、ほぼ問題なく歩けるようになりました。

股関節と肩の可動性は90%程度まで回復しました。この回復の度合いで、私はきっと大丈夫だと思えるようになりました。うまくいけば、数週間後にはまた自転車に乗れるようになるでしょう。

この数年間、チームにいて学んだことがあります。それは、レースやトレーニング、リハビリをするときに常に深く掘り下げるのには理由があるということです。私たちはただ自分たちのために行っているのではなく、私たちを励まし、応援してくれるたくさんの人々のために行っているのです。これはとても特別なことで、私たちのような使命を持つチームはプロトンの中でも他にありません。

これは最も特別な使命のひとつであり、私がなぜこのスポーツに情熱を注いでいるのかを思い起こさせてくれます。私たちの使命は、糖尿病とともに生きる人々に勇気を与えることです。最初に自分が糖尿病であることがわかったときのことを思い出しながら、私は今ほぼ毎日のように、ソーシャルメディアを介してサポートを必要としている誰かから連絡を受けています。

そのことが、私が行っていることを愛し、行い続けるための勇気になっています。

 

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ジャスティンさんと初めて会ったときに言われた "なんだってできる"という言葉を今痛切に感じています。

回復を続けている今の私の夢は、チーム ノボ ノルディスクの「Changing Diabetes(糖尿病を克服する)」と印字されたジャージを着て大きなレースで優勝し、世界に“なんだってできる”のだということを示すことです。国際自転車競技連合(UCI)の大きなレースで栄光を手にすることは大変素晴らしいことでしょう。それが私の大きな夢です。

 



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