糖尿病について徹底解説。血糖値・HbA1cから
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バルザックはフランスのトゥールで、ナポレオン帝政下の官僚であった父と30歳以上年の離れた母の間に生まれました。15歳でパリに転居し、中等教育の過程を終えると、パリ大学法学部に入学しました。両親は公証人になるよう希望しましたが、20歳で作家志望を宣言し、文学修行を始めました。しかし、なかなか名声は得られず、資金援助を受けて、出版業なども始めますが、いずれも失敗し、多額の負債を抱えてしまいます。30歳以降、「最後のふくろう党」や「結婚の生理学」などを発表し、32歳の作品「あら皮」で成功し、人気作家となりました。パリの社交界においては、文学的サロンだけでなく、貴族的色彩の濃いサロンにも出入りするようになり、そのことはバルザックを得意にさせました。

そんなバルザックの生活習慣は1日のうち、十数時間を執筆に過ごし、時に数日の間まったく睡眠を取らずに書き続けるというハードなものでした。膨大な量の作品の執筆のために、毎日20杯ものコーヒーを飲んでいたとも言われています。

社交界での豪華な食事と過酷な執筆を繰り返す日々は、糖尿病を招いてしまったようです。バルザックが健康の不調を訴え出したのは44歳の頃からですが、借金の返済のために、疲れ切った体に鞭打って執筆を続けていたようです。その結果、心臓病の発作も起こし、最後には目もよく見えなくなりました。

永年の夢であったハンスカ夫人と結婚し、そのわずか5ヵ月後、バルザックは51年の生涯の幕を閉じました。

 

バルザック記念館のあるサシェ城


監修 内潟 安子 [ 創刊によせて ]
東京女子医科大学
東医療センター 病院長

編集協力
岩﨑 直子、尾形 真規子、北野 滋彦、中神 朋子、馬場園 哲也、廣瀬 晶、福嶋 はるみ、三浦 順之助、柳澤 慶香
(東京女子医科大学糖尿病センター)
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